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【歌詞考察】れん『乱気』|愛されていたことに気づいたときには――孤独と不器用な愛を描く一曲

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こんにちは!ナユタス堺東校です😊

今回ご紹介するのは、れんさんの楽曲『乱気』。

本作は、『東京リベンジャーズUNLIMITED』に登場する4大勢力のひとつ、
「横浜天竺」のテーマソングとして書き下ろされた楽曲です。

誰かを強く求めているのに、素直に愛を受け取ることができない。
信じたいのに信じられず、結果としてお互いを傷つけてしまう――。

そんな不器用な愛と孤独が描かれており、
「横浜天竺」を率いる黒川イザナが抱える孤独や葛藤とも重なる一曲となっています。

そして、この曲で何度も登場するのが、

「今更気づいたんだ 愛されていたこと」

という言葉。

なぜ主人公は、愛されている最中にはその愛に気づくことができなかったのでしょうか。

今回は『乱気』の歌詞から、誰かを求めながら遠ざけてしまう主人公の心と、
その先でようやく気づいた「愛」について考察していきます。

「選んでほしい」――最初から見えている主人公の本音

   どうしようもないこんな二人が また言い訳を探す
   理などない世界で ただ選んで欲しくて

冒頭から描かれているのは、うまくいかない二人の関係です。

「どうしようもない」と分かっていながら、
それでも関係を断ち切ることはできず、二人は「言い訳」を探しています。

そして主人公の心の奥にあるのは、とてもシンプルな願い。

「自分を選んでほしい」

という気持ちです。

主人公は相手を必要としていないわけではありません。

むしろ逆で、必要としているからこそ、選ばれなかったときに傷つくのが怖い。

そんな強い愛情と不安が、すでに冒頭から入り混じっているように感じます。

弱さを見せたら「離れていく」と思ってしまう

   弱さを見せれば きっと離れていくでしょう
   愛し方さえも忘れて

主人公は、自分の弱さを相手に見せることができません。

なぜなら、

弱い自分を見せたら、相手は離れていく

と思っているからです。

本当はそばにいてほしい。

本当は自分を受け入れてほしい。

でも、その気持ちが強ければ強いほど、拒絶されたときの怖さも大きくなる。

だから弱さを隠し、相手を信じきれず、素直に愛情を受け取ることもできない。

そして気づけば、「愛し方」そのものまで分からなくなってしまったのでしょう。

『乱気』で描かれているのは
愛を求めているのに、自分からその愛を遠ざけてしまう矛盾なのかもしれません。

「触れたこの手」と「冷え切る瞳」

   もういいよ あなたに触れたこの手を
   信じることができないこと
   冷え切るその瞳には誰を写すの
   零れ落ちた涙は偽りじゃない

この曲では、「手」や「瞳」が印象的に登場します。

本来、手は誰かと繋がったり、触れたりするためのもの。

それほど近くに相手がいるのに、主人公はその関係を信じることができません。

さらに、相手の冷え切った瞳を見ながら、

「その目には誰が映っているのだろう」

と不安を抱いています。

自分は本当に愛されているのか。

相手にとって自分は必要なのか。

もしかすると、もう自分ではない誰かを見ているのではないか。

しかし、その直後に描かれる涙については「偽りじゃない」と受け止めています。

言葉では信じられなかった。

態度も信じきれなかった。

それでも最後に流れた涙を見て、
主人公はようやく相手の本当の気持ちに触れたのかもしれません。

孤独になって初めて気づいた「愛されていたこと」

   孤独の中で見つけられたもの
   今更気づいたんだ 愛されていたこと
   また会えるまで

ここは、『乱気』という楽曲の核ともいえる部分ではないでしょうか。

主人公は孤独の中で、ようやく一つのことに気づきます。

それは、

自分は愛されていた

ということ。

切ないのは、その愛に一緒にいる間には気づけなかったことです。

愛を向けられているときには信じられなかった。

相手がいなくなり、孤独になって初めて、その愛が本物だったことに気づいた。

『乱気』では、この気づくタイミングの遅さが大きな悲しさを生んでいるように感じます。

だからこそ「また会えるまで」という言葉にも、
後悔だけでなく、いつかもう一度会いたいという願いがにじんでいます。

傷つけ合うほど増えていく「空虚」

   救いようのないこんな僕らに 手を差し伸べてくれた
   傷つけ合う度増していく 空虚っぽなこの心は

主人公は、自分たちを「救いようのない」存在のように捉えています。

それでも、そんな自分たちに手を差し伸べてくれた誰かがいた。

本来なら、その手を掴めばよかったはずです。

しかし、素直に愛情を受け入れることができず、二人は傷つけ合ってしまう。

相手を傷つける。

自分も傷つく。

そして残るのは満足感ではなく、さらに大きくなった空虚さ。

大切にしたいのに、大切にできない。

そんな関係の苦しさが表れているように思います。

間違いに気づいても「ゴメン」が言えない

   間違っていたのは きっと僕の方だろう
   「ゴメン」その言葉が言えない

主人公は、自分が間違っていたことに気づいています。

それなのに、たった一言の「ゴメン」が言えません。

プライドなのかもしれません。

弱さを見せることへの恐怖なのかもしれません。

あるいは、謝ったところでもう元には戻れないと感じているのかもしれません。

冒頭では、

「弱さを見せれば離れていく」

と思っていた主人公。

謝ることもまた、自分の非や弱さを認める行為です。

ここでも主人公の「素直になれない」という性格が
二人の距離をさらに広げてしまいます。

誰も救えなかった「この手」

   もういいの あなたに触れたこの手は
   誰も救えなかったのに
   突き刺すその掌に何が残るの

ここで再び「手」が登場します。

最初のサビでは「あなたに触れた手」だったものが、
ここでは「誰も救えなかった手」として描かれています。

誰かに触れることもできる。

手を差し伸べることもできる。

抱きしめることだってできる。

それなのに、自分の手に残ったのは誰かを救った記憶ではなく、傷つけた記憶だった。

「突き刺す」という強い言葉からも、主人公の自責の念が感じられます。

愛するためにも使えたはずの手が、傷つけるものになってしまった。

そんな後悔が表現されているように感じます。

時間を戻しても「変われない」

   現在を巻き戻しても変われなくて
   極悪にずっと縋っていたんだね
   今更気づいたんだ 愛されていたこと
   ねえ、ありがとう

この部分は、とても重いです。

過去を後悔する歌なら、

「もう一度戻れたら、今度こそやり直したい」

と描かれることも多いでしょう。

ところが主人公は、時間を巻き戻したとしても「変われない」と考えています。

何が間違っていたのかは分かっている。

自分が相手を傷つけたことも分かっている。

それでも、当時の自分に戻れば、きっと同じことをしてしまう。

それほどまでに主人公の孤独や不信感は深く根付いていたのでしょう。

そして「極悪」という言葉からは
自分を守るために強さや荒んだ世界に縋っていた姿も想像できます。

しかし、その先でようやく気づいたのは、

自分もちゃんと愛されていた

ということでした。

だからこそ、ここで出てくる「ありがとう」が、とても重く響きます。

本当は「傍に居たい」だけなのに

   傍に居たいのに 声にならない
   思いはから回っていくばっか
   荒んだ空は僕の心を映しているようで

ここで主人公の本当の気持ちが、よりはっきりと表れます。

本当は、そばにいたい。

それだけなのです。

でも、その一言さえ声にならない。

最初から主人公が求めていたものは、とてもシンプルだったのかもしれません。

選んでほしい。

信じたい。

そばにいたい。

愛してほしい。

ところが、それを素直に伝えられないから思いは空回りし
相手を傷つけ、自分自身も孤独になっていきます。

そして目の前に広がる「荒んだ空」を、自分の心と重ねています。

タイトルの『乱気』にも
こうした荒れ、不安定さ、激しく揺れ動く心が重なっているように感じます。

「未完成の愛」と「不安定な日々」

   未完成の愛 不安定な日々も 心を育てた
   もう最期にしようか

「未完成の愛」という表現は、この曲全体を象徴しているように思います。

二人には、確かに愛情がありました。

だから涙を流す。

だから離れた後も相手を求める。

だから最後には「ありがとう」と思える。

しかし、その愛をうまく形にすることができませんでした。

不安定で、傷つけ合って、完成しないまま終わってしまった。

それでも主人公は、そんな日々を完全に否定してはいません。

不安定だった時間さえも、自分の心を育ててくれた。

そう捉えられるようになったところに、主人公の変化を感じます。

ただ後悔するだけだった主人公が、少しずつ過去を受け入れ始めているのかもしれません。

「誰」から「僕」へ――最後に変わる瞳

   もういいよ あなたに触れたこの手を
   信じることができないこと
   冷え切るその瞳には僕を写すの
   零れ落ちた涙は偽りじゃない

最後のサビでは、とても重要な変化があります。

最初のサビでは、

「冷え切るその瞳には誰を写すの」

でした。

ところが最後には、

「冷え切るその瞳には僕を写すの」

へと変化します。

最初は、相手が誰を見ているのか分からなかった。

自分が愛されていることを信じられなかった。

しかし最後になってようやく、

「あなたは自分を見てくれていたのかもしれない」

と気づいたのではないでしょうか。

相手の愛が突然変わったのではありません。

主人公の側が、ようやくずっと向けられていた愛を見ることができるようになった

そう考えると、「今更気づいたんだ」という言葉がより切なく響きます。

「もう一度出会えたら」今度は分かり合える?

   孤独の中で見つけられたもの
   今更気づいたんだ 愛されていたこと
   もう一度出会えたら 判り合えるかな
   また逢えるまで。

最後に残されるのは、とても静かな願いです。

注目したいのは、

「やり直せたら」ではなく「もう一度出会えたら」

と表現されていることです。

過去をなかったことにはできない。

傷つけたことも、素直になれなかったことも消えません。

しかも主人公自身、時間を巻き戻しても当時の自分では変われなかったと感じています。

だからこそ、すべてを経験し、
「愛されていた」と気づいた今の自分としてもう一度出会いたいのではないでしょうか。

今なら相手を信じられるかもしれない。

今なら「ゴメン」と言えるかもしれない。

今なら「傍に居たい」と伝えられるかもしれない。

「判り合えるかな」という言葉には、断言できない弱さも残っています。

それでも最後は「また逢えるまで。」。

完全な絶望ではなく、いつかもう一度出会えることへの小さな希望を残して、この曲は終わります。

『乱気』と黒川イザナの孤独

『乱気』は一つの楽曲としても成立していますが、
「横浜天竺」のテーマソングとして聴くことで、また違った見え方が生まれます。

特に、

  • 誰かに選ばれたい
  • 愛を求めながら信じられない
  • 弱さを見せられない
  • 素直に謝ることができない
  • 孤独になってから愛されていたことに気づく

といった要素は、黒川イザナが抱える孤独や葛藤とも重なります。

「愛されたいのに、その愛を信じることができない人間の孤独」

を描いた曲として聴くこともできるのではないでしょうか。

作品の世界観を知ってから聴く場合と、
一つの楽曲として聴く場合で印象が変わるところも、『乱気』の魅力だと思います。

まとめ

れんさんの『乱気』は、
愛を求めながら、その愛を素直に受け取ることができなかった
主人公の後悔と孤独を描いた一曲として読み取ることができます。

『東京リベンジャーズUNLIMITED』の「横浜天竺」、
そして黒川イザナの抱える孤独や葛藤を思い浮かべながら聴くと
歌詞の一つひとつがさらに違った重みを持って聞こえてくるのではないでしょうか。

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