こんにちは!ナユタス堺東校です😊
今回ご紹介するのは、奥華子さんの『会いたいと思えること』。
この曲は、細かな言葉の意味を深読みしなくても、
歌詞を最初から最後まで追っていくだけで
二人の関係や心の変化が自然と浮かんでくるような、とてもストーリー性のある一曲です。
一緒にいることが当たり前になり、少しずつすれ違っていく二人。
そして、失いかけて初めて気づく「会いたい」と思えることの尊さ。
そんな誰にでも起こり得る恋愛の変化が、日常の風景とともに描かれています。
個人的にもとても好きな一曲なのですが、
奥華子さんの透明感がありながらどこか切なさを感じさせる歌声で歌われることで
歌詞の一つひとつがより胸に迫ってくるように感じます。
今回は、そんな『会いたいと思えること』の物語を歌詞に沿って考察していきます。
「繋いでいた手」がいつの間にか離れていた
冒頭では、夜空を見ながら相手への気持ちを取り戻そうとする主人公の姿が描かれています。
そして印象的なのが、
繋いでたはずの手 いつのまにか
自分の荷物だけ 両手で持っていた
という部分です。
かつては手を繋いで歩いていた二人。
しかし気づけば、それぞれが自分の荷物を持つことで両手がふさがっています。
もちろん実際の光景とも読めますが、
これは二人の関係そのものを表しているようにも感じます。
最初は二人で支え合っていたはずなのに、
いつの間にか自分のことだけで精一杯になっていた。
「いつのまにか」という言葉があるからこそ
決定的な出来事があって関係が壊れたわけではないことも伝わってきます。
少しずつ、少しずつ。
本人たちも気づかないうちに距離ができてしまったのでしょう。
「何のために一緒に暮らしてるんだろう」
二人は恋人同士であるだけでなく、一緒に暮らしていることが歌詞から分かります。
本来なら、好きな人と毎日会えることは幸せなはず。
ところが、一緒にいる時間が長くなるにつれて、それが当たり前になっていきます。
そして主人公は、
何のために一緒に暮らしてるんだろう
とまで考えるようになります。
ここから、この曲の大きなテーマが見えてきます。
かつては「会えないこと」そのものが寂しかった。
会いたい。
一緒にいたい。
恋愛を始めた頃は、それだけで十分だったはずです。
ところが、いつの間にか一緒にいることが当たり前になり、それだけでは満足できなくなってしまった。
幸せだったはずの日常に慣れてしまうことの切なさが描かれているように感じます。
「何も言わなくても分かる」は本当に愛なのか
二人で歩いてきた道を振り返りながら、主人公はあることに気づきます。
何も言わないで 分かり合うことだけが
全てじゃないと知った
長く付き合っていると、
「言わなくても分かってくれる」
と思ってしまうことがあります。
でも、本当にそうなのでしょうか。
好きだからこそ言葉にする。
寂しいなら寂しいと伝える。
嬉しいならありがとうと言う。
この二人に足りなくなっていたのは
もしかすると「気持ちを伝えること」そのものだったのかもしれません。
相手のことを分かっているつもりになり、言葉を交わすことが減っていく。
その小さな積み重ねが、いつしか大きなすれ違いになってしまったのでしょう。
「会いたい」と思えた頃の気持ち
そしてサビで歌われるのが、
この曲のタイトルにもなっている「会いたい」という感情です。
会いたいと思えることが
あんなにも愛しいなんて
ここが、この曲で最も胸に残る部分の一つです。
一緒に暮らしていた頃は、いつでも会えました。
だから「会いたい」と思う必要すらなかった。
でも離れてみると、かつて当たり前だった「会いたい」という感情が
実はとても幸せなものだったことに気づきます。
会いたいと思えるほど好きな人がいる。
それ自体が幸せだったのです。
しかし、そのことに気づいたときには、二人の関係はもう以前とは違っている。
この時間差が、この曲をより切ないものにしています。
「してくれないこと」ばかりを見るようになった二人
2番には、恋愛に限らず人間関係でもハッとさせられる表現が登場します。
してくれた事より してくれない事
気になり始めてた 心の隅っこで
付き合い始めた頃なら、相手が何かしてくれるたびに嬉しかったはず。
優しくしてくれた。
話を聞いてくれた。
一緒にいてくれた。
そんな一つひとつに幸せを感じていたのに
関係が長くなるにつれて、それらが「当たり前」に変わってしまいます。
そして今度は、
「どうして○○してくれないの?」
という不満ばかりが目につくようになる。
相手が変わったというより、自分が相手を見る視点が変わってしまったのかもしれません。
恋愛のすれ違いを、こういった日常的な言葉で表現しているところも
この曲のリアルさだと思います。
「カフェラテのハート」が表しているもの
個人的にとても印象的なのが、カフェラテに浮かんだハートの描写です。
二人が夢の続きを語っていた頃は、そんな小さなものさえ最後まで大切にできていました。
何でもないカフェの時間。
何でもない会話。
飲み物に浮かんだ小さなハート。
恋をしているときは、そんな日常の一つひとつが特別に見えることがあります。
ところが、その直後のサビでは「擦り切れた時計」が登場します。
幸せだった時間が少しずつ擦り減り、もう元には戻せない。
カフェラテに浮かぶ消えやすい泡と、戻すことのできない時間。
何気ない日常のモチーフを使いながら、二人の関係の変化が描かれているように感じます。
「寂しい」と思えることさえ愛しかった
2番のサビでは、「会いたい」からさらに一歩進み、
寂しいと思えることが
あんなにも愛しいなんて
という気持ちが描かれてます。
普通なら「寂しい」は避けたい感情です。
でも、その寂しさは大切な人がいたからこそ生まれた感情でもあります。
誰でもいいわけではありません。
その人に会えないから寂しい。
その人がそばにいないから寂しい。
失って初めて、寂しささえも愛の一部だったことに気づいたのでしょう。
「会いたい」だけでなく「寂しい」まで愛しいものとして描くところに、この曲の切なさがあります。
「どんな風に好きだったのか」すら思い出せない
そして物語は、さらに苦しい場所へ進んでいきます。
主人公は、昔の自分たちがどう笑っていたのか、
どんなふうに相手を好きだったのかさえ思い出せなくなっています。
ここが非常にリアルですよね。
嫌いになったわけではない、大切だったことも分かっている。
それなのに、あの頃の気持ちだけがどうしても戻ってこない。
関係が終わるときは、必ずしも大きな喧嘩や裏切りがあるとは限りません。
少しずつ会話が減って、少しずつ不満が増えて、少しずつ距離が離れていく。
そして気づいたときには、「どんな風に好きだったんだろう?」と思ってしまう。
冒頭にあった「いつのまにか」という言葉が、ここでも効いてくるように感じます。
最後にもう一度「会いたい」へ戻ってくる
ラストでは、もう一度「会いたい」という感情へ戻ってきます。
主人公は夜空を見上げながら、過ぎ去った時間の中に相手の言葉を探しています。
そして探しているのは、今の相手ではありません。
「あの日の2人」です。
ここが、この曲の物語を象徴しているのではないでしょうか。
本当に取り戻したいのは、相手そのものだけではない。
相手を好きだった自分。
一緒にいるだけで楽しかった二人。
会えないだけで寂しいと思えた関係。
主人公が探しているのは、そんなかつての二人の気持ちなのだと思います。
だからこそ、「会いたいと思えること」が愛しい。
それは単に相手に会いたいという意味だけではなく、
「もう一度、あの頃のようにあなたに会いたいと思いたい」
という願いまで含まれているようにも感じられます。
『会いたいと思えること』というタイトルが切ない理由
「会いたい」という言葉だけなら、恋愛ソングでは珍しい表現ではありません。
でも、この曲のタイトルは『会いたいと思えること』です。
大切なのは、「会うこと」ではなく「会いたいと思えること」。
この二人は、一緒に暮らしていたからこそ「会いたい」という気持ちを失ってしまいました。
そして距離ができてから、その感情がどれほど幸せだったのかに気づきます。
好きな人がいること。
その人に会いたいと思うこと。
会えなくて寂しいと思うこと。
当たり前のように感じるそれらは、本当はとても愛しい感情だった。
タイトルそのものが、この曲の物語を表しているように思います。
まとめ
奥華子さんの『会いたいと思えること』は、
一緒にいることが当たり前になった二人がすれ違い、
離れてから初めて大切だったものに気づいていく物語として読むことができます。
この曲の魅力は、難しい比喩を読み解かなければ分からないタイプの歌詞ではないところにもあると思います。
手を繋いで歩いたこと。
一緒に暮らしたこと。
夢について話したこと。
してくれないことに不満を感じたこと。
どれも本当にありそうな日常だからこそ、
歌詞を追っているだけで二人の時間が目の前に浮かび、自然と感情移入してしまいます。
そして、その物語を奥華子さんの歌声で聴くことで
言葉だけで読んだとき以上に切なさが増して感じられる一曲です。
「会いたい」と思えることも、「寂しい」と感じられることも、実は当たり前ではない。
誰かを大切に思えるからこそ生まれる感情そのものが、愛しい。
そんなことに気づかせてくれる楽曲なのではないでしょうか。
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