みなさんこんにちは!
ボイトレ講師の木皿です。
新年から春にかけて、注目の映画がどんどん公開されていますね。
最近は音楽と強く紐づいた作品が増えていますが、個人的にミュージカル原作の映画「WICKED」の続編が3月に日本で公開されるのがとても楽しみです。
アリアナグランデとシンシアエリヴォの共演、ダイナミックかつ繊細な表現のディーヴァの歌声を聴くのが待ちきれません。
また、日本の作品ではスピッツの楽曲をモチーフにした「楓」が先月公開されました。
この楽曲「楓」は27年前にリリースされて以来ロングセラーで幅広い年代のリスナーに愛されています。
今回は、「楓」の歌詞・歌い方の考察をしてみたいと思います!
目次
1. 楽曲のテーマ
「楓」は一般に“別れの歌”として受け取られがちですが、その核心は喪失そのものよりも、喪失を抱えたまま生きていく個人の姿にあります。
歌詞を通して一貫しているのは、
- 君と過ごした時間は消えない
- しかし、共に未来へ進むことはできない
- それでも「僕」は自分自身のまま歩き続ける
という、感傷と自立の同時成立です。
2. 冒頭部:記憶の保存と感情の浄化
忘れはしないよ 時が流れても
いたずらなやりとりや
心のトゲさえも君が笑えばもう
小さく丸くなっていたこと
ここでは、過去の出来事が美化される過程が描かれています。
「心のトゲ」という痛みや軋轢すら、時間と相手の存在によって「小さく丸くなっていた」と回想される点が重要です。
これは、別れた後だからこそ可能になる視点であり、感情が浄化され、記憶として定着していく段階を示しています。
3. 「穴」と「夢」:不完全な視野と共有できなかった未来
かわるがわるのぞいた穴から
何を見てたかなあ?
「穴」は、二人が同じ世界を見ているつもりで、実は限られた視野しか共有できていなかったことの象徴と考えられます。
続く、
一人きりじゃ叶えられない
夢もあったけれど
という一節は、ふたりが持っていた可能性を認めつつも、それが過去形で語られている点が決定的です。
未練はありますが、回収しようとはしていません。
4. サビ:「君の声」と「僕のままで」
さよなら 君の声を抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
本楽曲の核心です。
ここで「抱いて」いるのは“君”ではなく“君の声”であり、存在ではなく記憶・影響だけを携えて進む姿が描かれています。
同時に繰り返される「僕のままで」という言葉は、
誰かに合わせて変わることをやめ、失った後の自分を引き受け、不確かでも前へ進む
という、静かな決意表明ではないでしょうか。
「どこまで届くだろう」という問いに、過度な希望も絶望もなく、喪失感を抱きながら進む事実だけを見つめている雰囲気があります。
5. 中盤:価値観の揺らぎと喪失後の自己認識
風が吹いて飛ばされそうな
軽いタマシイで
他人と同じような幸せを
信じていたのに
ここでは、かつての自分の未熟さ・無自覚さが語られます。
「他人と同じような幸せ」という言葉は、社会的・一般的な幸福像を指しており、それが崩れたことによって、初めて“自分の生き方”を問い始めたことが示唆されます。
6. 終盤:「傷」と時間のスケール
これから傷ついたり 誰か傷つけても
この一節は非常に現実的です。
未来は救済でも理想郷でもなく、再び傷つく可能性を含んでいます。
それでもなお「僕のままで」と続くことで、脆さを含んだまま生きる覚悟が表現されます。
瞬きするほど長い季節が来て
時間の感覚が反転している点も印象的です。
一瞬のようで永遠にも感じられる時間——喪失後の人生の長さを端的に表しています。
7. 楓という楽曲の統括
「楓」は、
- 激しい別れ
- 明確な原因
- 劇的な感情の爆発
を描かない代わりに、別れが人生に静かに沈殿していく様子を描いた楽曲です。
「君の声」は消えず、
「僕」は変わらないまま、
行き先は分からないが歩き続ける。
その姿勢こそが、この楽曲の最大のメッセージであり、スピッツらしい優しさと残酷さの同居と言えるでしょう。
では、この曲を歌うときに「伝わる」歌い方をするにはどうすれば良いでしょうか。
1. 「楓」は“声を張らないこと”を前提に設計された楽曲
まず重要なのは、「楓」が 感情を声量で表現することを前提としていない点です。
多くのバラードが
・サビで声量を上げる
・高音を強く当てる
構造を取るのに対し、「楓」は終始、
・声を張らない
・抑制されたダイナミクス
・息と声の境界が曖昧
という歌唱美学で貫かれています。
つまり、「楓」は“強く歌うほど伝わらなくなる”タイプの楽曲です。
「楓」は一見すると、静かでシンプル、技巧が少ない
ように感じられますが、実際は逆です。
・声量で誤魔化せない
・息が多すぎると不安定になる
・音程・支えの粗が露呈する
・感情過多になると世界観が壊れる
このように“引き算の完成度”と”基本の歌唱力”が問われる楽曲です。
派手なテクニックはありませんが、誤魔化しのきかない、成熟した歌唱力がなければ成立しません。
だからこそ、歌詞と世界観を感じる/理解することが大切です。
2. 息感:語りかけるような“未完の感情”
Aメロ〜Bメロにおける息感の意味
冒頭から中盤にかけてのメロディは、
・音程跳躍が少ない
・フレーズの終止が弱い
・息を多く含んだ発声
という特徴を持ちます。
これは、感情を外に放つというよりも、内側で反芻している独白に近い歌唱です。
忘れはしないよ 時が流れても
この一節は断言のようでいて、実際の歌唱では強く言い切られません。
息を残すことで、「本当に忘れないのか?」という揺らぎを同時に孕ませています。
息感=距離感
この楽曲における息感は、感情過多を避け、君との距離がすでに物理的に離れていることを示す表現でもあります。
触れられない相手に向かって、大声は不要なのです。
3. 音域:サビで“届くか分からない高さ”に行く理由
サビの音域的特徴
「楓」のサビは、草野マサムネの楽曲の中でも、
・地声と裏声の境界付近
・安定よりも“張りつめた高さ”
を使っています。
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
この音域は、余裕を持って響かせる高さではありません。
むしろ、届くかどうか分からないギリギリの高さです。
この「不安定な高さ」そのものが、未来が見えない、それでも進もうとするという歌詞内容を身体的に表現しています。
高音で感情を爆発させないのは、「叫び」ではなく「問い」だからです。
4. フレージング:「さよなら」を強く歌わない理由
さよなら 君の声を抱いて歩いていく
通常、別れの歌であれば「さよなら」は最も感情を乗せるポイントになります。
しかし「楓」では、あえて抑制されたトーンで歌われます。
これは、別れはすでに起きていて、今は“その後”を生きているという時間軸を示しています。
感情のピークは過去にあり、現在は受容のフェーズにあるのです。
サビの「さよなら」は母音がつながって聴こえるように、それぞれの発音がきつくならないように意識して歌いましょう。
5. ロングトーンと余韻:「ああ」が持つ意味
終盤で繰り返される「ああ」は、言語を超えた感情の吐露です。
ああ 君の声を抱いて歩いていく
言葉を伸ばすことで、意味が曖昧になり感情だけが残る。
この構造は、記憶が時間とともに「物語」から「感触」へ変わっていく過程と重なります。
7. 歌い方のまとめ
「楓」は、歌詞だけで完結する楽曲ではありません。
息感・音域・発声の不安定さを含めて初めて、作品として完成します。
- 息感=過去を抱えた現在
- 高すぎない高音=届くか分からない未来
- 裏声=脆さを含んだ自己肯定
これらがすべて、「僕のままで」という一行に集約されます。
楓のように歌いやすそうに聴こえる楽曲こそ、音域に左右される歌声ではなく、世界観と感情を表現して歌う力が問われるということですね。
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最後まで読んでいただきありがとうございました!
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この記事を書いた人
〇木皿菜々(きさらなな) 【プロフィール】
仙台出身のボーカリスト。FMいわぬまラジオパーソナリティ。
オリジナル曲、ソウル, R&B, 歌謡曲, 特撮・アニソンを主に、弾き語りやバンドで演奏活動するほか、クラシック・ミュージカル声楽家として結婚式場や披露宴会場で歌唱。CM・ドキュメンタリーなどのナレーション業も行う。
レーベル所属バンドマン、トップライバー、プロ歌手など累計1000人以上に指導。

