踊る土偶や埴輪、縄文人が込めた思いとは?
──発掘された“踊るかたち”から見える、日本最古の表現
こんにちは!NAYUTAS月島校のおみつさんです!
皆さん、博物館で展示されている土偶や埴輪、まじまじと見た事ありますか?
私は子供の頃に『おーい!はに丸』が大好きで土偶に興味を持つようになり、今でもよく本や動画等でも情報収集をしています。
皆さんは、教科書や博物館で目にする、腕を広げた土偶や、
独特なポーズの埴輪を見た際に「これ、踊っているように見えるなぁ」と感じたことはありませんか?
実は、縄文時代の土器の中には、
実際に“踊っている姿ではないか”と考えられている遺物が、いくつも発掘されています。
縄文人や古墳時代の人々は、なぜ「動きのある姿」をわざわざ造形として残したのでしょうか?
土偶や埴輪に込められた意味をたどると、
日本人にとっての「踊り」や「身体表現」の原点が見えてきますよ!
◆青森県・亀ヶ岡遺跡出土の「踊る土偶」
青森県つがる市の 亀ヶ岡遺跡 から出土した土偶の中には、
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両腕を大きく広げている
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身体を左右にひねっている
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片足に重心が乗っている
など、静止しているというより
動きの途中のような姿勢 を持つものが存在します。
これらは一般に「踊る土偶」と呼ばれることがあり、研究者の中には
「祭祀の場での舞いや、トランス状態での儀式的な動作を表しているのではないか?」
と解釈する人もいます。
時代が下り、古墳時代になると、
さらに分かりやすく「踊っている人物像」が登場します。
◆ 群馬県・保渡田八幡塚古墳出土
「埴輪 踊る人々」
これは教科書や図録にもよく載る、非常に有名な埴輪です。

特徴は:
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両腕を高く挙げている
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腰をひねった姿勢
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今まさに動作の途中のようなポーズ
考古学的には、
・古墳の主が亡くなったときの儀礼を表現した
・生前におこなっていた神マツリの様子を再現した
・古墳の主の生前の活躍ぶりを表現した
・あるいは祭祀に参加する巫者(シャーマン)的存在
という説などがあります。
残念ながら、はっきりした答えはわかっていませんが、
「どんなしぐさに見えるか?」を想像する事も、ロマンがあり、楽しみ方のひとつでもありますよね。
ここが非常に興味深い点ですよね。
縄文人も古墳時代の人々も、
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食器
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道具
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武器
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家
だけでなく、
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祈る姿
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舞う姿
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儀式の動作
といった「身体の動き」までを造形として残していると言われています。
これはつまり、
身体の動きそのものに、意味がある
動作そのものが、祈りや願いを表している
と考えられていた可能性を示しています。
言葉が十分に発達する前から、
人はすでに「身体で語っていた」のかもしれません。
現代の日本文化を見ても、
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神楽
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盆踊り
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祭りの舞
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田楽
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巫女舞
など、
「踊り=祈り・儀式・共同体の行為」という構造が色濃く残っています。
踊る土偶や踊る埴輪は、
そうした文化のはるか以前の起点として、
日本人の身体感覚の深い部分につながっている存在なのかもしれません。
「踊る土偶」「踊る埴輪」は、
想像上のロマンではなく、
実際に発掘された具体的な遺物として存在しています。
そこに込められているのは、
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生きることへの願い
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家族や共同体とのつながり
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目に見えないものへの祈り
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身体を通したコミュニケーション
といった、非常に人間的な感覚です。
数千年前の人々が、
すでに「動く身体」に意味を見出していたことを思うと、
私たちが今、歌ったり踊ったりすることも、
決して新しい営みではないのだと感じさせられます。
レッスンでも、失敗や間違いが怖くてなかなか心の一歩が踏み出せない人もいるかも知れません。
月島校では、
「形を整えること」よりも
「身体が何を感じているか」
に目を向けることを大切にしています。
身体表現は、思っている以上に深いところとつながっているように感じます。
そして、踊りという表現は、私たちのそばに、
ずっと昔から、もっと側にあったのだと思います。

